April Fool-0401-



「あれ…今日って何かあったっけ?」

何故か今朝はいつもより早めに目が覚めた。
洗面台の鏡の前で歯を磨きながら、何かが奥歯に挟まったままのような違和感を感じて頭をかいてみる。

「なーんかあった気がするんだけどなぁ」

みそ汁と目玉焼で簡単な朝食をかきこみながらTVをつけてみる。

『今日から四月です。年度始め、社会人一年生の皆さんの初々しい姿が随所で見られ、満開の桜も賑わいを見せています』
お決まりの文句を告げるアナウンサー。

「世の中は春だってのに、今日あたりまた面倒な奴が来そうだな」
シャツ一枚でも、屋内にいると肌寒さを感じない。
「あ〜あ、ったく嫌んなるよな」
流しに食器をぶち込むと、箸の転がる音がした。

春休みも残り僅か。
食後の一服、これも高校に行くようになれば屋上で吸うことになる。
灰皿に押し付けた煙草を一瞥し、ジャケットを羽織った−と同時に間抜けなチャイム音が鳴った。

「へいへい、今出ますよ」
やる気の無さを声でアピールしながら、胸の内ポケットに財布を押し込む。
戸を開けると、相変わらず黒のスーツで暑苦しく固めた直江が立っていた。

「厭味なほど時間に性格だよな」
ジーパンの尻ポケットから時計を取り出して時刻を確認する。

きっかり九時だ。
そのまま手首にはめて軽く2、3度ひねってみる。
上体をかがみ込んで靴を履こうとした時、胸ポケットから財布が落ちた。



「おっと」
拾おうと手を伸ばしたが、先に直江が拾いあげた。
「サンキュ。」
手をさし出して受け取ろうとしたが、直江は財布を見ている。
「早く返せよ」

再度手を前に出すと、直江がフッと笑った。

「なんだ、長秀…いや『千秋』か。今日が誕生日だったんだな」

財布を受取ながら、奥歯にはさまった「何か」が取れてすっきりした。
ああ―4月1日ってのは免許証で見てたんだ。

「んじゃあ、今日の夕食はお前のおごりな」
「…今日は、じゃなくていつもだろう」
仕方が無い奴だ、と一言つぶやくと直江は千秋を外へ促しながら、
「で、何処がいいんだ」
「あれ、マジでご馳走してくれる訳?」
「一応、お前の『宿体』の誕生日だろう。年に一度の事だ。高耶さんと晴家も呼んで今夜は騒ぐか?」
「げっ、虎公と晴家まで呼ぶのかよ!」


ただでは転ばない奴なんだよコイツは…
チッと一度舌打ちしてみたが、結構悪くない気分だった。

「まあ、年に一度くらいは悪くねぇか」
直江にはきこえないように呟いたつもりだったが、奴は相変わらずいつもの微笑を浮かべていやがった。

「あ、おい。今日が『April fool』だからって騙してんじゃねぇだろうな!」
とっとと車の方へ歩いていく直江を追いつつ、玄関のカギを閉めて振り返ると満開の桜の木が目に入った。

どこもかしこも、春づいてんじゃねえんだよったく。

そう思いつつも、ゆるんだ口元が自分にも分かって照れくさくなった。

「俺も―まだまだだネ」

今日一日は、道化になってやるよ―

足元に舞い落ちた桜の花びらを、今日だけは踏まないでおいてやろうと思った。




2003.4.1


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