□暗証番号0503xxxx□





五月晴れ、とはよく言ったもので空は蒼。
そして、ベッドで眠り続ける彼は白。
では、自分は何色だろうか?

「黒」

長秀に言わせると、その辺りが妥当なのだそうだ。
そんなものか、と思っただけでそれ以上深くは考えなかった。

窓から入ってくる風や光が心地よい。
そう思っていると私の隣で寝ていた彼―高耶さんは薄く目を開けた。

「おはようございます」
声をかけると、高耶さんは途端に膨れ面になって睨んでくる。
「てめぇ、昨日はよくも・・・!」
「昨日が、何ですか?」
そう返すと今度は赤くなった。
可愛い人だ。
きっと自分の顔は随分ほころんでいるのだろうと。
そう思った。

「そろそろ起きませんか。外へ出て軽い食事でも取りましょう」
シーツをめくると、高耶さんも慌てて飛び起きた。
「・・・顔洗ってくる」
相変わらず憮然とした表情のまま、ベッドを飛び降りて彼は洗面室へと姿を消した。
その後ろ姿に、きっとまた自分は微笑している。

いつもの黒スーツに着替えて―と思ったが、あまりにいい天気なので少しは違う格好にしてみようと思った。
案外、長秀に「黒」と言われたことを気にしていたのかもしれなかった。

スーツの上着は羽織らず、淡い青系統のシャツに黒のスラックス。
シャツの一番上のボタンを締めようとしていると、彼が戻ってきた。
彼のいでたちはいつもと変わらない。
履きさらしたジーパンが本当によく似合う。

「あ、」
と高耶さんが口を開けたまま近づいてきた。
「ちょ、ちょっと待て。・・・ボタン、閉めない方がラフでいいんじゃねぇか?」
そう言って私の首元に手を伸ばしてくるものだから、その手に甘えて上から二段、襟元を開けてみた。
「よし、こっちの方が断然いいぜ」
私の胸元を二、三度軽く叩いて彼は笑った。
確かに、たまには悪くないかもしれない。

近くのカフェで食事をすませると、彼は
「ちょっと金、おろしたいんだけど」
と言って車の助手席に乗り込んだ。
お金なら貸しますよ、と申し出たが受け入れられなかった。
変なところで頑固というか、しっかりしているというか。

よく考えたら銀行はやっていない。
適当なキャッシュコーナーを見つけて車を停めた。

「お前はついてくんなよ」
「そう言われると、ついて行きたくなるものですよ」
彼の一挙一動が面白くて、無理やり後を追いかけた。

自動ドアを一緒に通り、私は壁の隅で待つことにした。
「覗いたりしませんから、ゆっくりやって下さいね」
「金おろすのにゆっくりもクソもねぇだろうが」
悪態を吐く姿もまた、この人らしくて顔がほころぶ。

彼の均整のとれた後姿を眺めてふと、「暗証番号」が気になった。
彼のことだから、きっと安易に自分の生年月日か・・・いや、もしかすると美弥さんのかもしれないな。
そんなことを考えながら、彼の手の動きを追った。

右、真中辺り、右、左

彼は幾らかまとまったお金をおろして、封筒に入れた。

「終わったぜ。次は店だ」
機敏な動きで、私の前をもう歩き出している。
「何処へなりとも、お連れしますよ」
冗談交じりに返事をしつつ、振り返ってパネルタッチの画面をチラっと見た。

左から1234567890。
そして指紋がベッタリついている。
店で食べたサンドイッチの油をきちんと拭かなかったからだ。

『0503』

その数字を見てまた顔がほころんだ。
ああ、今日は「橘義明」の誕生日じゃないか―――。




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