■錯午の風
三条大路北、西の洞院大路東―三条邸。 五更(午前四時)――― 渡殿から対の屋へと、歩を進める一つの影があった。 その人物は、対の屋に灯った明かりに気づくと真っ直ぐそちらへ向かう。 明かりの灯る方からは、微かに和琴の音。 「公任―」 三条殿・頼忠は、明かりを灯しているのが自分の息子と知りため息交じりに声をかけた。 「楽に励むのも良いが、明かりは無駄にしてはならんぞ」 「・・・また、油を集めておいでだったのですか」 今度は琴から手を離した公任が、ため息交じりに父親を見返した。 太政大臣・頼忠公は実直の人といわれる。 色々な慣例を制したことでも知られるこの大臣は、宵に灯した油の残りを女房たちの部屋の分まで 油瓶に集めさせるという、少々過剰な倹約ぶりでも知られていた。 そして、宮中だけでなく自らの邸宅に置いてもそれは変わらない。 「仮にも今帝の関白、太政大臣ともあろう方のなさることですか」 呆れ顔の息子を前にしても、頼忠は真面目な顔で諭したものだった。 「名目上の地位など何になろうか。『よその人』と嘲笑われるのなら、出来ることをするだけだ」 直衣姿で参内することもない父の言に、公任はよく心の裡で嘆いたものである。 (姉上に御子さえ、生まれていれば―) 世に『素腹の后』と口の端にのぼせられる姉・遵子は先の帝―円融院の后でありながら、男御子どころか ただ一人の御子をも身ごもることが無かった。 姉より後に入内した東三条殿の娘・詮子は現・春宮である懐仁親王を出産し、前途は洋々たるものである。 春宮が帝の座につけば、詮子の父である東三条殿・兼家は外戚としてより権力を振るうことになるだろう。 そして、その一族の者も―特に息子たちは。 (だが、まだ妹のィ子がいる) 公任はまだ諦めた訳では無かった。 先年、今帝の即位に伴って入内した妹・ィ子にも未だ懐妊の兆しは見られない。 それどころか、弘徽殿の女御に帝の寵愛は深まるばかりである。 (万が一、ということもある) 公任は、自分の才幹と技量を生かしたいという思いが人並み以上に強かった。 だが父・頼忠は円融院の御状で関白に留まっているに過ぎない身であり、姉も妹も御子に恵まれない。 (そろそろ潮時かもしれない) そう思いながらも、いまだ権勢に固執してしまう公任であった。 「楽もいいが、そろそろ浮いた話でも出ないものか?夜歩きで参内が遅れるならまだ知らず、楽にうつつを抜かして 公務を怠ったとあっては、長秋卿にあだ名されるようになるぞ」 長秋卿、博雅三位と呼ばれた当代一の楽の名手である。 「父上の血を引いている以上、その手のことは得意ではないのですよ」 自分をからかう父に、ささやかな仕返しをして公任は和琴から手を離した。 実は、馬内侍と呼ばれる先の帝の女御に仕える女房に文を送っていることは周知の事実なのだが、 なかなか良い返事が貰えず鬱々としているところであった。 (父上も、本当に疎くていらっしゃる) 父に気づかれないように一人笑うと、公任は参内の支度に取り掛かった。 今帝が即位してはや半月。 権力者の勢力図も様変わりし、今帝の生母・懐子の兄、中納言・義懐が外舅として政を取り仕切っていた。 また、帝の寵臣である左中弁・惟成も同様であった。 地下の者が我が物顔でのさばるとは世も末―そんな批評も飛び交っていた。 公任が参内すると、見慣れぬ男とすれ違った。 相手は目を伏しがちにして、軽く会釈をしたのみであったが整った容姿からもただ人では無いと感じた。 年の頃は15、6だろうか。 「あの者を知っているか」 公任が尋ねた相手は、今帝の寵妃・弘徽殿の女御の兄・斉信である。 公任より一つ年下で、官位は未だ公任の下に甘んじている。 だが、斉信の妹に男御子が生まれようものなら簡単に入れ替わる立場である。 「ああ、亡き右近少将・義孝殿の忘れ形見だ」 「と、いうと・・・謙徳公の御孫か」 「そうだ。名は確か・・・行成とか言ったな。なんでも素晴らしい手書きだとか」 流石は高貴の血を引いている、ということか。 「それでは、文の代筆でもお願いせねばならんかな」 「それは良いな」 冗談めかして互いに笑うと、公任と斉信はその場で別れた。 「これは、うかうかしてはおられんな」 斉信の後姿をぼんやりと眺めながら、公任は苦笑交じりに呟いた。 「何が『うかうかしてはおられん』のかな?」 突然背後から声をかけられて、公任はビクリと背筋を正した。 聞き覚えのある声。それもあまり歓迎したくない声の持ち主である。 「兵衛佐殿・・・」 振り返り様、公任は明らかに不快な声を顕わにしてその声の主を認めた。 「これはご挨拶ですな中将殿。『道長』と親しくお声をかけて頂いた方がわが身も箔がつくと言うもの」 (誰が名前など呼んでやるものか) 心の中で悪態をつくと、公任は少しすっきりした。 「ところで、何の御用か」 「用がなくては声をかけてはいけませぬか」 相変わらずの慇懃無礼な態度である。 「私も忙しい身ですので。用が無ければ失礼しよう」 身を翻してその場を立ち去ろうとすると、 「―例の女房からは、色よい返事は頂けましたかな?」 「何・・・!?」 一瞬、道長の言葉に振り返った公任だったが道長の口元に浮かぶ品の無い笑みを見て言い返す気も 失せてしまった。 (何なのだあの男) 公任は落ち着かない気持ちのまま、宮中を後にした。 四条大路南、西洞院大路東―四条宮。 四条大路を挟んで、三条邸より一町下がったところにあるこの邸宅は 円融院の后であった公任の姉・遵子の住まう屋敷である。 一町下がれば菅公の紅梅邸のあるこの屋敷が、公任は気に入っていた。 父・頼忠も三条の屋敷よりもこちらの方が、四条大路を一本挟んでいる為 気が落ち着くようだった。 公任は、帝が楽しみにしておられる内裏の歌合せに歌詠みとして列席するよう 申し付けられており、また公任も帝の御相手とあって詠作にも余念が無かった。 歌合せが行われれば、当然その後の宴席で楽を奏さねばなるまい―。 そう思い立って、公任は姉の七つ緒の琴を借りて練習に励んでいた。 月明かりを受けて弾くのが好きな公任は、姉と共に釣殿に座して居る。 「本当に、貴方は何をやらせても人並み以上にこなす子だこと。でも、 『簾中をして子細を聴かしむることなかれ』ですよ」 遵子は、弟の手さばきを見て嘆息した。 「そういう姉上にそ、私なぞより和漢詩に通じていらっしゃる」 「まあ、嫌味な子」 公任は姉との機知に富んだ会話を楽しむことが好きだったが、少しは姉の気晴らしにも なっているだろうか、と会うたびに心を痛めてもいた。 「そういえば、東三条殿の五郎君とは仲良くなって?」 突然、道長のことを持ちかけられて公任は食指を一音外してしまった。 変な力みが入り、弦を弾きすぎたようだ。 鈍い音とともに、弦が切れ公任の指にうっすらと血が浮かんだ。 「まあ、貴方が粗相をするなんて珍しいこと」 鷹揚な姉は、公任の怪我に気づいていないようである。 それを推し量った公任は、手元を押さえて 「何でもありません」 と小さく呟いた。 遵子は、同じ円融院の女御であった詮子とはそこそこ親しくしていたようで、詮子が特に 目をかけている下の弟・道長についてもよく話を聞かされているらしい。 道長は公任と同年であったし、遵子は詮子より五つほど年上であったから会話にも花が咲いて いたのかもしれなかった。 「道長殿とは・・・そう親しくはしていません」 手元をぼんやり眺めながら、公任は先ほどの姉の問いに答えた。 「そう?でもね公任。これからの貴方のことを考えれば、懇意にしておいて悪いことは無いと思うのですよ」 はっ、と気がついて公任は姉の真摯な顔を見つめた。 (そうか、気遣われていたのは自分の方だったのだ) そう思うと、自分が少し情けなく思えた。 姉上を恨むのは、逆恨みもいいところだ―。 そんなだから、あの男―道長にも嘲笑されているのではないだろうか。 「琴は手直しをさせてまたお返しに参ります。今日のところはお暇申し上げます」 それだけやっと言うと、公任は姉の四条宮から父の三条邸へと帰っていった。 三条の屋敷に帰ると、父の元に先客が来ていた。 客人は、ちょうど帰るところで牛車に乗り込もうとしている。 「実資殿」 その姿を見咎めて、公任は二代の帝に蔵人頭として仕えている同じ一門の実資に声をかけた。 「おお、中将殿か」 笑みを浮かべた実資は随人を待たせると、公任の元へと歩んで来た。 「最近は、宮中でもお見かけする機会が少のうなってしまいましたが、お達者でおられたか?」 「ええ、変わりなく」 最小限の返答しか示さない公任を、実資は訝しそうに思ったが、ふいに 「そういえばお聞きになられたか。東三条殿のところの道長殿が馬内侍からなかなかの返歌を貰ったそうな」 「それは、まことですか?」 すぐさま聞き返してしまったのは、昼間の道長の言葉が気にかかっていたからである。 「ああ、貴殿も内侍には文を送られていたな。まあ、大した返歌ではなかろうよ」 公任を気遣ってか、それだけ言うと実資は別れを告げて三条邸を後にした。 (悪いことは、重なるものだ) すっかり気が滅入ってしまった公任は、東北対の屋にある自室に閉じこもってしまった。 「そろそろ、身の振り方を考えねばならんのか・・・」 二十歳を目前にして、公任は自分の将来を直視しなければならなくなっていた。 公任は、また「嫌な男」が来たと思ったが、道長は公任のいる対の屋には現れなかった。 いつも鳥肌が立つほど毛嫌いしている相手なのに、興味の対象外にされたと思うと、何やら 落ち着かない気持ちになった。 「馬鹿な・・・」 公任は、屋敷を出ていく牛車の音を聞きながらそう一人ごちていた。 (こうして、権勢というものから脱落していくものなのだろうか) 「被害妄想も甚だしい」 自嘲気味に笑って、公任は御几帳の後ろに置いたままの琴の琴を見遣った。 もう手直しはしてある。 後は姉の元へ返しに行くだけなのだが、どうしても億劫になってしまっている。 気持ちが沈んだときは、何も考えずに寝てしまおうかと思った。 しかし―。 不貞寝をしてしまうには惜しいほどの名月が出ている。 公任は、月の光に誘われるようにして姉の住む四条へ行くことにした。 「十六夜か・・・」 牛車に差し込む月光を頼りに、公任は手に出来た傷をじっと見つめてみた。 もともと大した怪我ではなかったので、もう大分治りかけている。 この怪我も、元はと言えば道長のせいだ。 そう思いつつも、公任はそれほどまでに道長の存在を意識するようになった自分に驚いていた。 そしてふと、随身の頼任に 「東三条殿のご子息は、何のご用向きで参られたのだろうな」 と尋ねてしまった。 「いえ、個人的な御用でお見えになられたご様子でしたよ」 その答えを聞いてますます公任は怪訝に思った。 (一体、父上に個人的な用などと・・・) 同じ藤原氏であっても、あまり馴れ合っては怪しまれる立場にある者同士のはずである。 女車に身をやつしている訳でもなく、人目を忍んでいる素振りもなかったという。 「つくづく不思議な男だ」 そう結論づけた頃、公任は姉の屋敷に到着していた。 そう離れている訳ではないので、徒歩でも良かったのだが琴の琴を運ばねばならなかったので 牛車に乗ったため、かえって時間がかかってしまったようだ。 門の前で牛車を降りて、庭へと歩みを進めると、向かって左の釣殿に姉の姿が見えた。 前に会ったときと同じように、月を眺めやっているようだ。 「御簾も下げずに・・・困った姉上だ」 いつもと変わらぬ姉の鷹揚な姿に、公任は安心感を覚えて釣殿へと向かった。
酒の助けを借りている訳でも無いのに、こんなに会話が弾むのは何故なのだろう。 公任は、自分が何時に無く素直になっていることに戸惑っていた。 「柯亭」を手にした後の恍惚感からか、それとも十六夜の月明かりが見せる幻なのか。 目の前にいる同年の男―そしてつい先刻まで気に食わない相手だと思っていた男に対して 何故自分は笑っているのだろうと。 「私は、貴方を誤解していたのかもな」 ポツリと溢した公任の言葉を知ってか知らずか、道長はいささか体勢を崩して手元の扇で 公任の肩を軽く叩いた。 「公任殿は、力み過ぎなのだ。私の名のように、道は長きもの、と思えばよろしい」 道長の言葉に、一瞬今の自分が諭された気分になった。 「『公任』などという名に些か固執しているのではあるまいか?関白殿も大層な期待のかけようだな」 公任―公事を一任する―。 そんな自分の名に少々嫌気が差していた。 きっと、道長に軽軽しく名前を呼ばれるのが嫌だったのも、何も知らない(と公任が決め付けていた) 相手にそう呼ばれるのが耐えられなかったのだ。 (結局、単に八つ当たりをしていただけか―) 公任は自分の不甲斐なさに、大きなため息を吐いた。 「そう、そうやって身のうちに溜まった不幸とやらを吐き出すがよろしかろう」 「・・・貴殿、口の上手さから言えば陰陽師にでもなった方がよさそうだな」 話をしているうちに、段々と公任は道長の才覚に気づき始めた。 (道長とは、『政道に長けている』ということか) 「父上のところに出入りしている陰陽師がな、よく軽口の叩き方を教えてくれるのだよ」 「・・・本当だったのか・・・」 掛け合い言葉を話しているようで、どうも道長という男は実態が掴めない。 飄々と吹く風のようだ―。 そう感じたが、公任はあえて口にしなかった。 (つけあがって貰っては困る) それは、公任が道長の人となりを掴んで来た証拠だったのかもしれない。 一刻も話した頃だろうか。 月の傾きも次第に深くなった頃、道長は「夜歩きの途中だった」と言ってあっさり帰っていった。 帰り際、公任の手首を掴んで「大事ないな」と呟いたのは気になったが、清清しい気持ちにはなんら 差し障りはなかった。 「気さくな方でいらっしゃる」 公任の背後から現れたのは、寝屋にこもったばす遵子であった。 「姉上、もしかして・・・」 「もしかしなくても、あの方を手引きしたのは私なのですよ」 「いかにも聡明な姉上らしい。愚弟には考えも及びませんでした」 素直に公任は、姉の好意を感謝したのだが言われた本人は 「貴方が言うと嫌味にか聞こえません」 と言って気分を害してしまったようだ。 と、いってもそれも公任に対してそう振舞ってくれているだけなのかもしれなかったが。 「有り難うございます姉上」 ポツリと公任がこぼすと、遵子は口の端を少しだけ上げて微笑み返しただけだった。 公任は手元の柯亭をジッと見つめながら、一つの踏ん切りがついた思いで胸がいっぱいになった。 (これを私に下されたということは、私は己のやり方で進んでも良いということなのでしょうか) 帰ったら父に何と言おう、と思いつつも公任はまた道長との会話を思い出していた。 “私の名のように、道は長きもの、と思えばよろしい” その言葉を脳裏に焼き付けて、公任は数日来の悩みを払拭したのだった。 毎年、夏から秋へと移り変わる季節になると公任は柯亭を吹きながら月を見上げるようになった。 そして、その傍らには決まって道長や姉の姿があった。 父が死に、姉が死に、同僚も帝も、幾人もの人が公任の前から去っていった。 そして、何十年も前に公任を諭した道長もまた、病に倒れて去っていった。 笛の音はあはれ昔に似たれども あふことなきはかひなかりけり 歳々年々花相似たり、年々歳々人同じからず。柯亭も婿の手元へと持ち主を変えて行った。 けれども、季節の変わり目に吹く風を感じると公任は若い頃の懊悩を懐かしく思い出すのである。 2003.5.25 |