■で、あるか■←タイトルに全く意味なし。







「今日は何の日であったかのう?直江」
「…母の日です」
「アニバーサリー男のお前がこれは酔狂なことを言う。母の日とやらは昨日済んだであろう?」
「では、ナイチンゲールデー…」
「それも昨日じゃうつけ者がぁ!」

うつけに、うつけ者呼ばわりされたくない。
直江は内心ボヤきつつ、この場を立ち去りたい気分に駆られていた。

今日は五月十二日。
誰あろう、織田信長の誕生日である。

直江の宿体こと「橘義明」の誕生月と同じなのは如何なものだろうか。
誕生石とか誕生花、果ては星座まで同じになってしまうからだ。
(占いなど、はなから信じてはいないが…)
直江はそう思うが、変人(変態?)である時点で似たようなものである。
(血液型が違うのが唯一の救いだ)
直江は、占いを信じなくとも高耶さんとの相性だけは大切なようで結構気にしてしまうのだ。

…話はもとに戻って。
織田信長こと、我らが第六天魔王は直江の誕生日祝いもしてくれた心優しい殿であらせられました。
直江に歌わせたり、踊らせたり、腹芸をさせたりとまさに嫌がらせ三昧。
今回も同じことをさせられるのではないかと直江は内心、動揺していたのである。
逆らいたくとも逆らえ無いのが「魔王の種」を植え付けられた人間の定め。

「…確か、貴方の誕生日でしたね今日は」
直江が内心降参し、不承不承の体で正解答を述べた。
「最初から素直に答えれば良いものを。まあ良い、今日の余は機嫌が良いのだ」
扇を広げて声高らかに笑う信長は、一人称まで「余」などと高飛車になっている。
「…で、饗宴を催すおつもりですか?」
「分かっているではないか。だが、この間お前のために開いてやったような宴はちと飽きた。
そこで、お前のプランで私のために宴を開いて貰いたい」
「……」
「不服か?」
「御意のままに」
直江の、あからさまに嫌そうな顔と沈黙に信長はすぐ様反応した。
「そうか、お前は賑わしいのが得意では無いのだな…
ふむ、ではお前がいつも美獣にしているようなものでよいわ」
「…は!?」
信長の提案に、直江はギョッとした。
(私がいつも高耶さんにしている事…うっ…)
一応、自分の高耶に対する仕打ちを自覚してはいるらしい。
真っ青になる直江を横目でチラり、と見ながら
「お前を抱くつもりも抱かれてやるつもりも無いから安心致せ」
そう言うと、蛇のように舌をチロリと嘗め、信長は席を立った。

残された直江は「はぁ…」と深い溜息をつくと、おもむろに携帯を取り出した。
顔なじみのフランス料理屋の番号をディスプレイに表示させると、観念したように通話ボタンを押した。

■□■

ここは、某高層ビルの最上階レストラン。
洋装に身を包んだ二人の長身男が来店したことで、普段静かな店内はざわめきたって居た。
長身であるだけなら、さして注目を集めることは無いのだが、その二人の男は稀にみる美男(笑)。
しかも赤く髪を染めている男は、抱かれたい男No.1の人気ボーカリスト斯波英士ときているからたまったものではない。
「二名で予約した橘です」
直江は出来るだけ平静を取り繕ってアテンダントに申し出た。
「お待ちしておりましたよ橘様。今日はまた素敵なゲストをお連れですね」
アテンダントは席に案内しながら、にこやかに直江に話し掛けた。
「ええまあ…仕事の関係でご縁がありまして。
あまり表ざたにはされたくない方ですので、お気遣いをさせてしまうかもしれませんが」
「ご配慮いたみいります」
直江の言葉を、親切ととったアテンダントは直江と信長が席につくとワインリストを持ってきた。
「今日は少々冷え込みますので、ホットワインなど如何でしょう?」
ちょっと奇抜な食前酒を進めてくるのは、矢張り天下の斯波英士相手だからだろうか。
直江は内心ハラハラしながら信長の方を見る。
「うむ。では、そのように取り計らって貰おう」
・・・以外としっかりした応答である。
確かに、生前は若い頃に「うつけ者」と呼ばれはしていたが、美濃の斎藤道三に面会する際、
礼服に着替えて貴公子のように振舞ったという逸話があるくらいだ。
(思ったほど、一般人の前では常識家を装うのだろうか)
「橘さまは、如何致しますか?」
考え事をしていた直江は、声をかけられて少し動揺したが
「私も同じものを」
そう答えて、ワインリストを閉じた。

「ワイン、お好きなんですね」
焼酎持って来い、と言われることを考えていた直江は信長が機嫌よくワインを飲んでいるので
いささか面食らった。
ホットワインを出されるとチン、と直江のグラスに軽く乾杯までしたのだ。
「わしとて、葡萄酒くらい嗜んでおったわ。わしの南蛮渡来モノ好きを知らぬお主ではあるまい」
そうだった・・・。しかし、ホットワインは初めてではなかろうか。そう尋ねると
「身体の芯から温まって疲れが取れるという具合だろう。
なかなか粋なことをする店ではないか」
と上機嫌である。
「確か、貴方はあまりお酒に強い方ではないと伺っておりますので
料理の方は軽いロゼワインで合わせましょう。高いワインもいいですが、
悪酔いしては元も子もありませんからね」
「・・・直江、矢張りお前は従僕向きだな。馬廻り組に居たと聞くがなかなどうして、やるではないか」
「恐縮です」

会話は、弾むとまでは行かないが順調に進んでいった。
オー・ド・ブルが運ばれてきたとき、直江は第二の不安を感じたが
予め用意させておいた箸を使うことを信長にすすめて事なきを得た。
「スープの飲み方は・・・」
次に来る恐怖を感じて、またまた直江は顔を強張らせたがそれも杞憂であった。
「本日のスープは、しいたけのクリームスープで御座います」
説明してくれたアテンダントに礼を言うと、信長は全くもって普通に飲みはじめた。
スプーンの使い方に、若干違いはあったものの音もほとんど立てずに飲み干した。
そう、まさに飲み干したという感じである。
信長が飲み干した時点で、直江はまだ皿に三分の一ほど残っている。
「あの、熱くないのですか」
直江は少しスープを飲むピッチを上げながら尋ねた。
「味噌汁に比べたら、これくらい白湯と変わらぬわ」
「・・・左様ですか」
(確かにスープの平均温度は60度と聞いている。100度近くある味噌汁を毎日
ガブ飲みしている人間から見れば何でもないのかもしれない)
「この酒、色は甘ったるいが味はなかなか爽快だな」
カベルネ・ダンジュという、この店でも一番安い部類のロゼワインが気に入ったようだ。
(安上がりな辺り、高耶さんに通じるものがあるな)
高耶を思い出して、直江は思わず顔がほころぶ。
と、そんな直江を見てニヤリと笑った信長と目があって直江は冷や汗をかいた。
(一体、信長を目の前にして何を考えているんだ。しっかりしろ、直江信綱)
額の「種」があることを一瞬でも忘れそうになった自分を直江は叱咤して頭を二三度振った。
スープ皿を下げにきたアテンダントに不審がられたが、まあいい。
その後出てきたオヒョウのムニエルも、鱸のソテーも、アメリケイヌソースを使った海老料理も
味が薄い、と言って信長が立腹した故事を想定して皆味付けを濃くしておいたせいか
信長は満足したようである。
口直しのシャーベットも、肉料理も、パンもデザートも。全て綺麗に信長は平らげた。
帰り際に、ジャズピアノの演奏者に一言「お褒めの言葉」までかけていった。

■□■

食事を終えてビルの外へ出ると、心地よい風が吹いてきた。
酔いを冷ますのにはちょうど良い風だ。

「私は、少々貴方を誤解していたのかもしれない」
直江は信長の言動が至って平静で常識的なのに戸惑ったが、
慣れてみるとなかなか心地が良かった。
(いや、この外見と演技に騙されてはいけない)
そう思いつつも、直江はポロリと信長を肯定するような台詞を吐いてしまった。
「ふふん、お前もようやく分かってきたようだな」
信長は、直江が咥えかけた煙草を取り上げると一息吸って、また一息吐いた。
「わしをうつけと思っている輩は皆驚く。うつけには違いないが、分別が無いのとはまた違うものだ」
普段の、奇抜な言動を発する信長からは想像もつかない言葉が出てきた。
「・・・じいにも、もっと早くこういう姿を見せてやるべきだったのかもしれぬ」
「・・・?」
信長の真摯な表情と言葉に、直江は目を見張ったが暫く考えを巡らせたが
「じい」と呼ばれる人間が誰であるかを悟るのに、そんなに時間はかからなかった。
(平手政秀殿か)
そう確信すると、益々信長という人間が不思議に思えた。
信長の破天荒な言動を諌める遺書を遺し、腹を切ったと言われる平手に対し、
信長は「政秀」の名をそのまま寺の名にして菩提を弔ったという。
(この人は・・・)
第六天魔王と自称するに相応しい人間ではあるが、それだけでは無い何かを直江は感じ取った。
確かに。・・・あの人に、似ている。
今は傍らに居ない唯一無二の人を思って直江は居た堪れなくなった。

「それはそうと直江。まさか、誕生日のプレゼントもなしに終わらせる気ではなかろうな」
「うっ・・・」
いつもは、高耶を相手にホテルのベッドで「もっと感じて」だの「細胞の一つ一つまで祝福を」だの
恥かしい台詞を吐いている直江である。
ディナーをご馳走するだけで、実は済ませてしまっている嫌いがあった。
(しまった・・・)
「抜け目の無い奴だと思ったが、詰めが甘いな」
煙草を近くの灰皿に押し付けて、信長は不気味な笑みを浮かべた。
「そうだな・・・このビルの夜景と食事、なかなか気に入った。
余はこのビルを所望いたす」
またまた一人称が高飛車になっている。
「このビル・・・ですか!?そんなこと、無理に決まっているではありませんか」
「ほほう、まだシラを切るつもりか?」
信長の言葉に、直江は思わず内ポケットの財布に手を置いた。
「とうとう尻尾を出したな直江信綱。このビルの所有者は橘不動産、お前の兄の会社だな」
(ギクッ・・・)
「それと、買取は無理としてもお前はプラチナカードを持っている。
と、いうことはビルを貸し切るぐらいのことはそのカード一枚で出来るはずだ」
「な、何故そのようなことまで・・・」
「魔王の種、甘く見るな」
白鳳仏の慈愛の目から、爬虫類の自愛の目になった信長には、
先ほどまでの憂いを帯びた表情は見られない。
「くっ・・・してやられた・・・!」
がっくりと肩を落す直江を余所に、月の昇った夜空に信長の高笑いが鳴り響くのであった。
チャンチャン♪

<おまけ>

「直江、もう一つ忘れているぞ」
「まだ、何か?」
反発する気力もない。
「誕生日を祝うのであれば、食事にプレゼントに、あと何だ?」
「まさか、ケーキが食べたいなどと言うのではないでしょうね」
「・・・言語理解能力に乏しい人間はこれだから困るな」
「・・・あ!」
「ようやく分かったか」
「しかし・・・」
「早く致せ」
「・・・・・・お、誕生日、おめでとう、ございます」



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私は信長様大好きです。