「ヤクソクノチ」

・・・目を開けると、いつもの荒涼とした大地はなく。
代わりに懐かしい緑と水に溢れた大地が広がっていた。

(また昔の夢を見ているのだろうか?)

男は混濁した意識の中でそう思ったが、「昔」というものがどれくらい昔であるのか分からなかった。
豊かな自然を感じる大地を前にして、男は彼を探していた。
(ここがいつ、どこであっても大した意味はない)
男は辺り一面を見渡す。
しかし、彼の影も匂いも感じられない。
(結局は現実世界から抜け出せてはいないのだ)
淡々と男は思考を巡らせ、目を閉じた。


・・・・・・―――目を開けると、赤砂の吹き上げられる大地。
矢張り自分はここ、に居たのだ。
そしてこれからも「ここ」で逝き続け、生き続ける。

男は身体を起こすと、ゆったりとその長身の先端についた頭をもたげ歩き出した。
もうそろそろ日没だ―――。

赤砂の丘に、折れたまま突き刺さった鳥居を巡り、倒壊した柱の元へ進む。
男は、この廃墟の神官だった。
今日も、無臭の風が吹いている―――。

ふいに、風に交じった音がした。
いや、声だ。人の声。

(誰、だ?)

男だった。
黒のネクタイにスーツ、黒のスラックス。肩からは、金モールが垂れ下がっている。
(・・・珍しい格好をしているが、何の服装だ?)
男は必死に記憶の引き出しに手を伸ばしたが、その引出し自体が見つからなかった。
目を合わせると、その男は少し驚いたような顔をしている。
男は、目の前に現れた黒ネクタイの男に話し掛けた。
年は・・・30代半ばを過ぎたくらいだろうか?いや、憔悴しきった顔をしているからもう少し若いのかもしれない。
それにしても、自分の鱗状の肌に比べてなんと健常なことか。

「どうした・・・・・・」
こちらから話し掛けてみたが、相手は困惑した顔をしている。
「どこから来たんだ」
再び話し掛けてみたが、相手は呆然と立ち尽くしている。
今度は、黒ネクタイの男が口を開いた。
「待ってくれ。君の言葉は分からない。どこの国の言葉だ」
(今のはニホンゴか・・・!?)
「日本で日本語を話しては・・・・・・おかしいか?」
(間違いない・・・!ニホンゴだ。ああ、懐かしい響きだ)

自分以外にも、ニホンゴを解せる人間が居たとは。
更に、黒ネクタイの男はとうに滅んでしまった「ニホン」や「セイレキ」といった懐かしい言葉を発してきた。
そして「イセ」という単語を聞いた。

(イセ・・・)
この聖地の、遥か昔の呼び名だった。
何故そんなことを知り、また聞くのか。
男は目の前の男を再び凝視した。
その男の顔は、先ほど以上に憔悴の色を濃くし、そしてまたとても混乱しているようだった。

「ヤミセンゴク」

そんな言葉が飛び出した。
ヤミセンゴク?
一体この男は・・・?
そうか、遺伝子復元されたヒトなのだな。
ヤミセンゴクの話をするヒトが現れようとは・・・
先ほど見た大地がチラ、と脳裏をよぎった。
「あの人」が翔け抜いた大地だ。

自分が、「ヤミセンゴク」を生きた人間の一人だと言うと、黒ネクタイの男は
『換生者』
という単語まで発した。
(まさか・・・この男は・・・)
と、いきなり肩を掴まれた。
凄まじい形相をしている。

「――仰木高耶は・・・・・・ッ」
嗄れた声で目の前の男は問うて来た。
「仰木高耶の消息を知らないか、上杉景虎がどうなったか!」

自分でも、脳の反応が苛烈なのを感じた。
目の前の男は、言葉を続けているが耳に入ってこない。

「・・・・・・オウギタカヤ・・・―――?」

考えるより先に、唇が動いた。
オウギタカヤと言った。
確かにそう言った。
この目の前の男は・・・・・・

紛れも無い。
「私」だ――――――・・・・・・。

オウギタカヤ、おうぎたかや、仰木高耶・・・・・・

次第に輪郭がはっきりして来る。
そして、乾ききったはずの瞳から水が滴った。
ナミダ。

そうか・・・そうだったのだ・・・。
あのとき、自分が感じたことは間違っていなかった。
「俺」の前に居たのは「私」だったのだ。
今、ようやく分かった。

そうか・・・すべてはここに繋がるのだな。

足が震えた。
エモイワレヌ、感覚が身体を駆け巡る。

目の前の自分は、哀れにも「あの人」の消息を聞いてくる。
明らかに狼狽している。
知ってどうする気だ。

「あの人はどうなったんだ!」
尚も、畳み掛けるように聞いてくる自分に私は何を言うのか・・・

オウギタカヤ・・・オウギ、タカヤ。
それ以外の、何者でもない。
オウギタカヤ―――。
唯一の存在。

「・・・・・・私の想いは・・・見ろ。薄れることも朽ちることもなかったよ」

唯一の存在に語りかける、ただ一つの真実―――。

(沢山の記憶が忘却の彼方に滲んでも、想いはこの通り涸れないのだ)
声になっているのかいないのか。

「・・・涸れはしないのだよ・・・・・・」

涸れてたまるか。涸れるはずはないのだ、最初から。

たまらず、目を伏せた。

目の前の自分に、今の自分はどう映ったのか・・・?
目の前の自分は、堰を切ったように慟哭し始めた。
正気を保っている目の前の己が、憐れでたまらなくなった。

たかが発狂したぐらいで、この想いは涸れはしない・・・――――。

お前が、私が語るあの人の真実を知ったとてお前の「あの人」が死んだ訳ではない。
お前にとって、今必要なことすらも、私にとっては遥か過去の映像なのだ。
お前はこれから幾つでも道を探しだすことが出きるはずだ・・・。

「いつかお前にも約束の地が訪れたとき、それが真実だったなら、お前は幸福を感じていいのだ」
(今、私がそう感じたように)

慟哭し続ける目の前の男には、おそらくわかるまい。
いい、お前は「先」がある。すぐにでも、「お前のあの人」の元へ戻さなくては。

しかし、その前に・・・―――
あの人のかけらでいいから。
感じたい、あの人の真新しい細胞の破片を。
まだ目の前の自分には、刻まれているはず。
体温と生々しさを感じられるものが・・・

おそるおそる差し出された手に、己が手を重ねる。

「おお・・・・」
思わず声が漏れた。

感じる・・・あの人だ・・・

(間違いない)

あの人だ。あの人だ、あのひとだ、アノヒト・・・・・・・・オウギ、タカヤ―――!

細胞という細胞が打ち震えているのが分かった。
既に死んだはずの皮膚細胞までもが、真新しいあの人を求めて動き出している。
あの人の、触れた・・・

涙が、その機能を果たすことを今思い出したかのように流れた。
ぬくもりが、光となって身体中を、魂を駆け巡る。

「・・・・・・ありがとう・・・・・・」

目の前の自分も、きっと何かを感じ取ったはずだ。
この男の帰る道を指し示さなくては。

(お前には、帰るべき場所がある)
「あるのだ」

「お前のあの人」はまだ生きているのだから。
私はまだ生き長らえる。

この地球(ほし)の寿命が尽きるまでは、
この地上から生命が消え去るまでは。

今の、目の前の自分にはまだ分からない。
分かって欲しくないのかもしれない。

(あいつが、助力してくれているはず)
名も忘れたかつて出会った者の存在を感じた。
糸を解く。
急がなくては・・・

鐘。
鐘が鳴る。
そろそろ『神殿』の目覚める時刻だ。

そういうと、目の前の自分は最後に、「あなたはアマテラスに仕えているのか」と。
そう聞いてきた。

怪訝な顔をする自分の問いに、ふと、顔の筋肉が緩んだ。
おそらく私は微笑した。
今はまだ―分からない方が良いのだ。

「夢の終わりだ」

風が突然強くなる。
もう、私の姿も見えまい。

鐘が鳴る。

アノヒトが目覚める―――革命の鐘。

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ここまで読んで下った奇特な方、どうも有難うございましたm(__)m
神官側から『革命の鐘は鳴る』第一章を書いてみました。
ほぼ原作ベースであとは私個人の空想(爆)。
真実が明かされる前に書いたもの勝ちかな、と(笑)。
↑書いた頃は、ミラの終わりを知らなかった訳ですがあえて加筆修正はせずに残しておきます。