■古本説話集(こほんせつわしゅう)■(書名仮称)

院政期に編まれたとされる説話集。二巻。
編者未詳。成立年代は平安末期か鎌倉初期。
1943(昭和18)年に紹介された梅沢記念館旧蔵の鎌倉中期写本(重文)が唯一の伝本
王朝物語的な和文体で、前半に和歌説話46話。
後半に仏教説話24話(天竺3・本朝21)を収める。
「世継物語」「今昔物語集」「宇治拾遺物語」と同文の説話を多く含む。

第二十六 長能・道済事

(前略)
春の過ぎるのを惜しんで、3月が小の月であった時に長能が、

心憂き年にもあるかな廿日あまり 九日といふに春の暮れぬる
(今年はいつにも増して名残惜しく感じられる年であることだ。
           まだ29日というのに、春が過ぎてしまうとは)
と詠んだ。
この歌について公任が、「春は29日だけしかないのか(春は90日あるじゃないか)」と云ったのを聞いた長能は
大変な失敗をしてしまったと思い、ものも言わずそっと退出した。

その頃から、長能が病気で重態であるということを知った公任が、見舞いに人をやったところ長能は、
「春は29日だけかと公任殿が仰せになりましたので、大変な間違いをしてしまったと悲観致しました。
そのときからこのような病気になってしまったのです」と返事をして、そのまま亡くなってしまった。
公任は、「あれほど歌に執心していた人に心にも無いことを言ってしまった―」と後々まで酷く嘆いた。
まったく、風流の道に執心した話であることだ。

※小の月・・・1ヶ月が29日の月。


■□■
公任関連の説話の中でも、最も有名な部類の話です。
『俊頼髄脳』『和歌童蒙抄』『十訓抄』『古今著聞集』『袋草子』等にも
同話・関連説話が載っています。
『俊頼髄脳』には、「これほど歌に執心している人が詠んだ歌は多少おかしな点があっても非難すべきではない」
ことの実例として書いておく、とまでされています(笑)。
藤原長能さんは、花山朝随一の歌人。
父は藤原倫寧、姉は藤原道綱母、姪に菅原孝標女。
公任と歌合せで同席することも多かったと思われます。
それにしても、公任はいつも一言多い人物のようです(笑)。


2003.9.14

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